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季節の記憶の厚み

秋の光が樹木を穏やかに彩る風景にはその美しさに陶然とさせられながらも同時にその美しさが過ぎ去っていくことへの惜しさが感じられてどうにも切なくなる。こんな思いの背景にはこれまでに経験してきた秋の思い出の堆積があるのだろう。といっても日付をもった記憶がいま見ている光景にはっきりとオーバーラップするということではないのだがかつて感じた情動が同時に複数響いているようには感じられる。記憶の役割は次の行動に有...

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死を鏡と見るかガラスと見るか

死の捉え方を比喩的に分類すると大きく2つに分けられるようだ。一つは死を鏡とし、もう一つはガラスとする。鏡とする捉え方は死に関するどんな思考も鏡に反射して自分を映すことになり鏡の向こうは把握できない。この捉え方によれば生きている者が死についてなにを思ってもその内容は生の断片でしかなく死そのものはまったく表わさない。死は不可知であるとする。この結論にいたると死についての積極的な思考はやむことになるが未...

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生は無意味か?

がんの告知を受けた1年ほど前死について真剣に考えたいと思いジャンケレビッチの「死とはなにか」を読んだ。ジャンケレビッチには「死」という本もあるがそちらはあまりにも厚くて当時、読む気になれなかった。当時の読書は気がせいていたから知りたいことだけを吸収した。ジャンケレビッチは死を思考不能としている。生きている者は事実上死を経験することができない。だから死について何かを考えようとしても考えの内容は生の経...

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早朝、2階のベランダで洗濯物を干していると木々の緑の様子が昨日とは違った。昨日までは日盛りを過ぎた時間帯の家の影や道端に置かれた鉢植えの植物の下にまだためらうような秋の気配がかすかに漂っていただけだったが今朝は周囲の家屋や視線が届く限りの光景すべてを秋の大気が覆っていた。夏はものがむき出しになってそこに光が張り付いているようだったが秋の光は背後に微妙な暗さをもっていて樹木でも家の屋根でも窓でももの...

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真実・愛・幸福 3

現在の関心に規制されているので思い出せるのは関心に対応することだけだしそうは思えないかもしれないけれど過去はすっかり保存されている。記憶は現在の生々しさを浄化して過去を一種の美しさで覆う。偶然のきっかけである過去の体験が現在に再生されると過去が歓びに満たされていることを実感できる。ただし、本心にそわない行為は過去では悔いとなって率直にその非を認めないといつまでも棘として残る。これだけのことが分かっ...

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真実・愛・幸福 2

それはどのように機能しているのか。その機能はどういう役に立つのか。こんな問いをいつも知らず知らずのうちに出会ったものや人に向けてきたのだと思う。あの人はこのプロジェクトでどんな機能を果たせるのだろう。この製品は自分の生活にどんな機能を提供してくれるのだろう。自分ならこの組織でこのように機能できそのことがこういう役に立ちその評価としてこんな年収を得るこんなことが自分の支えになっていたのだと思う。しか...

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真実・愛・幸福

幸福は結果的に得られるもので自分から得ようとするものではない。愛は自然に湧きあがってくれればいいもので自分から起こそうとするものではない。自分から求めるものは真実のみ。なぜ、こう思ってきたのか振り返ることはなかったががんであると告げられ残り時間を意識するようになってからは優先順位づけに変化が起きた。幸福は健康にいい。ステージⅣのがんにとっても幸福であることは治療にとってプラスだろう。愛は無理に起こ...

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記憶・永遠 8

過去をありありと思いだすときそれが過去であることを知りながら現在であるかのごとくに体験が推移していく。現在における過去のまったき再生。そんな体験を何度かしたあとプルーストはそれらの正体がなんであったのか分析する。「時間の秩序から解放された瞬間が、それを感じるために、時間の秩序から解放された人間を私たちのうちにふたたび作り出した」過去・現在・未来という日常の社会生活に欠かせない意識の時間モードからあ...

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記憶・永遠 7

自分が望む未来の実現に向けてプランを立てたり過去のことをいろいろ思い出したりいまの必要にせまられて衣食住に配慮したりと時制に対応する意識は未来モード、現在モード、過去モードに分けられる。これらのモードはどれも心の働きの一部を使っているだけでそれに比べるとマドレーヌの味覚が幼年期の自分の体験を丸ごと再現させるといった過去の記憶の現在におけるまったき再生という体験は3つのモードを総合したもので時間経験...

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記憶・永遠 6

未来に向けて有用な行動を起こそうとするとその行動を助ける記憶だけがよみがえる。行動に対するためらいがあるときはそのためらいの度合いに応じてさまざまな記憶がよみがえる。行動を起こす気がないなら曖昧な欲求に応じてやはりさまざまな記憶がよみがえる。生命への執着が消えていると記憶の再生に対する指示がなくなるのでどんな記憶でもよみがえることになる。溺死しそうになった人がもう一歩で死だと思われたときその人の全...

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記憶・永遠 5

...

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記憶・永遠 4

充実しているときには充実している意味を問わない充実には問いを入れる余地がないから。空虚なときは空虚さの理由を問う空虚にはいくらでも問いが入るから。空虚なときに生の意味を問うなら空虚さに応じた記憶しかよみがえらないからそのとき想起された生の軌跡は貧弱なものになる。「私は人生が、そのいくつかの瞬間においてはあんなに美しく見えるのに、結局はつまらないものと判断されるわけも分かっていた。それは私たちが人生...

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記憶・永遠 3

誕生からいまにいたるまで眠りであったり覚醒であったり意識であったり無意識であったりはしてもつねにいまここでずっと鳴りつづけている音が自分だとするなら自分はひとりいるだけになる。自分がひとりだというのは実感としても自然だがこの点に関してプルーストの自我観は変わっている。『私が図書室で「フランソワ・ル・シャンピ」を手にとると、ただちに私のなかには一人の少年が立ち上がって、私にとってかわる。この少年のみ...

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記憶・永遠 2

記憶はふだん現在の課題や関心に対応してしかよみがえらない。これと同じような問題に直面したはずだと思えば、類似の法則で過去における類似の問題が思い出されそのときはどんな状況だったかなと思えば、隣接の法則で問題に付随する周辺状況がよみがえる。このように記憶はナレッジのデータベースとして有効に機能しているがときおり、有効性とは関係なしに思い出されることがある。たとえば、中学生のころに聞いた曲が流れてきて...

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記憶・永遠 1

記憶にはこんな働きがある。「私たちがかつて眺めた一つの物をもう一度見るようなことがあると、それは私たちが注いだ視線や、当時その視線を満たしていたすべてのイメージを、いっしょにもたらしてくれる」これはプルーストが述べている記憶のよみがえりの一つだが次に起こす行動のために有用なデータを記憶から抽出するというふだんの記憶の働きとは違って功利的な有用性を求められていないたとえばリラックスしているようなとき...

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生きている時間 6

禅の修業で歩くには3年かかるという話を聞いたことがある。修行を始めたばかりの雲水が歩いていると先輩が速すぎると叱る。そこでゆっくり歩くと遅いと叱られる。遅くしたり速くしたり歩くことへの集中を3年ほどつづけると丁度いい具合の速度が身につくという。ただ歩くということをふつうはしない。歩くときには目的地がある。そこへ着くべき時間も決まっている。だから、急いだりゆっくりしてもよかったりする。散歩を日課にし...

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死んでいる時間

未来に目標を置くとしてそれを短期・中期・長期に分けそれらの実現のために有効な時間投資を現在に割り振る。そうなると現在の課題は有効性の向上が中心となりやるべきことリストをつくって優先順位をつけたりする。課題達成までのプロセスをシミュレーションして全体プランのなかに現在を位置付ける。短期目標を実現すると一時の休息はあってもすぐに新たな目標が設定されシミュレーションのなかの現在という構造はいつまでも変わ...

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生きている時間 5

太陽が昇って沈む。その動きがものの影を動かしその動きの軌跡に目盛りを振れば時が計れる。太陽でなくても砂でも水でも動きが安定していればその動きの軌跡を基準にして社会的な時間というものを決めることができる。短距離走者が10秒で100メートルを走る。これはたとえば太陽の影がAからBに移行するあいだに走者が100メートルを走りきったということでその10秒は絶対ではなく太陽の動きとの比較に関して誰も異議をさし...

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生きている時間 4

過去が現在を通して未来に延びていきその過去の積み重ねが自分になっていく。このような一方向だけの時間意識では夢や希望や欲望が濃い霧になって死は事実上見えないから本当のところ自分が死ぬとは思えない。吉田兼好は「徒然草」で死はかならず前の方からやってくるものとは限らずいつの間にか人の背後に迫っているという。その状態をたとえて沖までの干潟が遥か彼方まで続いていると見て安心していると足もとの磯から急に潮が満...

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生きている時間 3

時は流れるという。変化のやまない出来事の連続が流動性の観念を生みたとえば河の流れという比喩になったのだろうか。自分の実感からするなら今ここはどこかに流れているような感じはしない。一次元を線で表わすなら二次元は平面で三次元は立体になりこの三次元の空間に時間という四次元が加わっているとしたときポール・ヴァレリーはこの四次元としての時間イメージを空間内のどこかでずっと鳴っている音だといった。流れるという...

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生きている時間 2

現在と過去の境界線はどこで引くことができるのか。この問いにベルクソンは境界線は引けないと答えた。いま、なにか話を語っているとしてある単語を発音しているときが現在でその前に発音した単語は過去なのだろうか。もしそうならその単語が子音と母音で構成されているなら先に発音した子音がすでに過去でその後に発音している母音はまだ現在なのだろうか。ひとつの単語でも、ひとつの文でもその丸ごとが認知されて意味を伝えてく...

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生きている時間

過去は過ぎ去ったのだからすでに存在しない。未来は来ていないのだからいまだ存在しない。では、過去と未来とはなんなのか。この問いにアウグスティヌスは過去は記憶であり未来は期待であると答えた。期待という未来は現在を通過して記憶という過去になる。ただし期待はまだないものではなくて現在になっているからあるのだし記憶ももうないものではなくやはり現在になっているからあるので期待も記憶もともに現在だという。生きて...

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直腸がんステージⅣ診断後1年の心の変化 14

ストレスフルなマインドセットは何に起因しているのかその根が分かればはっきり認識するということだけでも無意識に起きるストレスの発生機序は解除でき結果としてストレスは大幅に軽減するだろう。そんな目算で過去の振り返りをはじめた。時系列にそって記憶をたぐると保育園に通っていたころのことから小学校のころのこと中学、高校のころのことと当たり前だが、ふだんは思い出しもしないことを次々と思い出した。すぐに思い出し...

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直腸がんステージⅣ診断後1年の心の変化 13

過去は事実として確定していて取り返しがつかない。これが常識で社会的にはそうあるべきなのだろう。確定した事実をベースにしなければ人と人とのコミュニケーションがうまくいかない。責任も権利もはっきりしない。しかし、以前住んでいた家の玄関を思い出そうとしたらそのドアが小刻みに揺れていた。記憶のなかでドアがふるえているのだろうか。そんなことはないと思ったとき揺れていたのはドアではなくそれを開けようとした過去...

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直腸がんステージⅣ診断後1年の心の変化 12

大腸がんの場合原因の7割程度は生活習慣から来るようなのでがんが増殖してきたこの10年の自分の生活習慣を変えようと考えた。分かりやすいのは食生活と身体活動だった。食生活なら自分が実践してこなかったこととしてたとえば、3食のタイミングを規則正しくするとかよく噛むようにするとか食事の内容を野菜中心にするとか実行の難易度はともかく具体的な変更プランは考えやすかった。身体活動も同様でがんは無酸素の解糖系で糖質...

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