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ストレスの根:ミス

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ミスを完全に防ぐことはできない。

編集の仕事をしていたとき
校正漏れのでることがあって
印刷をしなおすといった事態になると
ミスがでる原因を考え
出ないようにする体制を作ろうとしたが
うまく行かないため
結局、ミスは出るものだということを前提にして
仕事をするしかないという
自分なりの結論に達した。

ミスが出ればストレスが生じる。
フォローが必要になるからで
そのフォローはおおむね計算外なので
計算のやり直しが必要になり
その負担がストレスを生んでいる。

所期の目的があって
その達成を阻害する要因がミスだが
自分なりの結論からいえば
ミスの発生は防げない以上
それもまた自分の生きる事実の一部として
その味わいをつかむしかないということになる。

ミスを味わう。

たとえば、がんになるというのは
ミスなのだろうか。
がんをかかえて生きるということは
ミスを味わっていることなのだろうか。
あるいは、味わわされていることなのだろうか。

人生を目的の観点から見て
その達成の必要条件を健康でいることとするなら
がんはその阻害要因としてミスになりうる。

この考え方にそうなら
治療に関してもミスの有無が問題になる。

命のかかった治療にミスは許されない。

しかし、がん治療には
誰にでも通用する正解としての
スタンダードはいまのところない。
だから、ミスの判定はできないだろう。
そこに拘泥していると
自分の場合は
ストレスから逃れられない。

治療に対するストレスを解除するには
可能な範囲で理性的な判断を下したら
あとは生の事実として味わう
死を受けいれたうえで。
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