FC2ブログ

記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

直腸がんステージⅣ診断後1年の心の変化 4

CIMG5671.jpg

「死後」は死んでしまったあとのことだから
そもそもなにかがあるのかどうかさえ
はっきりとは分からない。

だから、理性的な認識による確実性を重んじるなら
なにひとつはっきりしたことは分からない
ということを認め
それ以上の詮索は止めるのが
良識にかなっているのかもしれない。

天国や地獄に代表される神話は
人の放縦な生き方をけん制するための
説話とみればいいのだろう。

ただ、記憶が脳という物質に蓄積されているわけではない
ということがほぼ確実である以上
物質レベルでの身体機能が停止しても
記憶は残ると考えられる。

死んだら無になるというのは
なにも残らない方がいいという
一種の願望の表現であって
思考の停止を表しているに過ぎないのだろう。

ユングは合理的な確実性にのみ固執することの
貧しさを指摘して
死後については
積極的に考えるべきだとし
自らのビジョンを示した。

ベルクソンは晩年
神秘家が死後についての情報をもたらしてくれる
とまでいっている。

そのベルクソンを深く理解したジャンケレビッチは
死後についての確実な認識はない
という立場を固持した。

それぞれが自らの信じるところに従って
死後観をもったということだろう。

死後というテーマについては
はっきりした解決が望めない
そう分かった時点で
一休さんのことばを思い出した。

「行けばわかるさ」

そもそも死後に
行くという行為が及ぶのかどうかも分からないし
わかるという理解の主体が
自分かどうかも分からないし
なにもはっきりはしないのだが
がんの治療を放って
このテーマについて考えつづけるわけにはいかないので
「行けばわかるさ、きっと」と
こころのなかで何回もつぶやいた。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。