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生きている時間 2

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現在と過去の境界線は
どこで引くことができるのか。

この問いにベルクソンは
境界線は引けない
と答えた。

いま、なにか話を語っているとして
ある単語を発音しているときが現在で
その前に発音した単語は過去なのだろうか。

もしそうなら
その単語が子音と母音で構成されているなら
先に発音した子音がすでに過去で
その後に発音している母音は
まだ現在なのだろうか。

ひとつの単語でも、ひとつの文でも
その丸ごとが認知されて意味を伝えてくるのだから
単語や文を細かく切って
どこかに現在と過去の境界線を引くことはできない。

では、複数の文で構成された話の全体はどうだろう。

話の意味が分かる
という観点からすれば
やはり話の全体が成立しなければ
話としては意味をなさないので
話の途中に過去と現在の境界線を引くことはできない。

では、話をするために
聴衆のいる会場に入ってきたとした場合
話を始めてからは現在で
それ以前は過去なのだろうか。

と、このように境界線を求めても
自分が生きているこれまでの持続には
どこにも現在と過去の切断面は
ないと分かる。

誕生から今にいたるまでの
自分というたったひとつの
持続があるばかりだ。
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