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生きている時間 3

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時は流れるという。

変化のやまない出来事の連続が
流動性の観念を生み
たとえば河の流れという
比喩になったのだろうか。

自分の実感からするなら
今ここは
どこかに流れているような感じはしない。

一次元を線で表わすなら
二次元は平面で
三次元は立体になり
この三次元の空間に
時間という四次元が加わっているとしたとき
ポール・ヴァレリーは
この四次元としての時間イメージを
空間内のどこかで
ずっと鳴っている音だといった。

流れるという空間的なイメージより
鳴りつづけている音のほうが
時間の実感に近い。

自分は誕生から今にいたるまで
ずっと持続的に鳴っている
音なのだろう。

ただ、流れの比喩は
河を想像するなら
いずれ海にいたるという
安心感のようなものを含んでいて
それが好まれる理由だろうか。

音の場合
消音はどこにも行きつかない
そもそも空間的なイメージを避けているから。

おそらく鳴りつづけている音は
鳴りつづいているときからすでに
オーボエとピアノがからむように
さまざまな経験の響きをより合わせていて
消音するとそれらがいっせいに
交響するのだろう。
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