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生きている時間 6

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禅の修業で
歩くには3年かかる
という話を聞いたことがある。

修行を始めたばかりの
雲水が歩いていると
先輩が速すぎると叱る。
そこでゆっくり歩くと
遅いと叱られる。

遅くしたり速くしたり
歩くことへの集中を
3年ほどつづけると
丁度いい具合の速度が
身につくという。

ただ歩くということを
ふつうはしない。

歩くときには目的地がある。
そこへ着くべき時間も決まっている。
だから、急いだり
ゆっくりしてもよかったりする。

散歩を日課にしている人は
健康の維持が目的で
速度は気にしないが
歩数を計ったりする。

歩くことが何かの目的の手段になっていて
歩きながら道の花をめでたりすることはあっても
それはおまけのようなもので
たとえば散歩を継続するための
モチベーションに利用されたりする。

Aの実現はBという目的のためで
Bの実現はCという目的のためで
と目的は連鎖していき
では、最終の目的はなにかというと
分からない。

だから、歩くことが
なにかの実現に役立つのかどうか
本当のところは曖昧だ。

役に立つかどうかの文脈から離れて
歩くということそれだけの状態になる
そうなるのに禅の修行では
3年かかるということか。

そうやって歩けるようなら
用向きのことで駅に向かっているのではあっても
その道すがら
来ますが如しの花に会い
めでてもよいのだろう。
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