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季節の記憶の厚み

CIMG5959.jpg

秋の光が樹木を穏やかに彩る風景には
その美しさに陶然とさせられながらも
同時にその美しさが過ぎ去っていくことへの
惜しさが感じられて
どうにも切なくなる。

こんな思いの背景には
これまでに経験してきた秋の思い出の
堆積があるのだろう。

といっても
日付をもった記憶が
いま見ている光景にはっきりと
オーバーラップするということではないのだが
かつて感じた情動が
同時に複数響いているようには感じられる。

記憶の役割は
次の行動に有用な過去情報を提供するということで
秋の景色を見ているときでも
別に過去の情報など必要はないのだが
それでも記憶の働きは律儀に
経験の再生を自動的に行う。

この再生は、感覚の特徴をヒントにして
類似の過去を検索した結果だが
秋の景色には
光の具合とそれに応じた樹木の色合いなどに
微妙なヴァリエーションがあって
記憶はその違いを手がかりにして
現在に近い光景を瞬時に
いくつも連続再生しているはずだ。

かつて見た光景には必ず
そのときに生じていた情動がある。

瞬時の連続再生では
それらの情動も再現されているはずだが
実際にそれらの情動をひとつひとつ明瞭に
感じとることはもちろんできない。

ただ、景色を見ている自分の内側では
塊と化したような情動が
生動していると感じられる。

この生動感が切なさとしか
いいようのないものなのだが
この切なさはそれ自体が
生きているということの実質で
なにかと関係づけたり
不足を補ったりする必要はない。
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