FC2ブログ

記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

C.G.ユング「死後の生命」9

CIMG4412.jpg


ユングはある日、自己と自我に関する夢を見る。

夢の中でハイキングをしていたユングは
礼拝堂を見つけ、中をのぞく。
祭壇にはキリスト教のしつらえはなく
花が活けてあり
その前にヨガ行者がいる。

結跏趺坐で瞑想にふける行者は
よく見ると、ユングの顔をしている。

そこでユングは「深いおそれのために目覚め」
夢の意味を考える。

「彼が私について黙想している人間だ。
彼は夢をみ、
私は彼の夢なのだ」

こう考えたユングは次のような結論を導く。

「彼が目覚めるとき、
私は此の世に存在しなくなる」

ユングは行者を
「私の無意識の出生前の全体性を示すもの」ととらえ
この無意識こそが
「現実の経験をしている人格の発生源」であると考える。

意識が無意識にさかのぼる
といった、意識中心の発想からすれば
無意識が意識的人格の発生源という認識は
関係が逆転してしまった印象を受ける。

しかし、ユングにとっては、無意識こそが
この世で意識を働かせている自我の源なのであり
生死はその源しだいで決まる。

意識をもつわれわれは
無意識の代理店で働く
営業マンのようなものなのかもしれない。

※引用はヤッフェ編「ユング自伝」河合隼雄・藤縄昭・出井淑子訳より
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。