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「デカローグ 第9話 ある孤独に関する物語」

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「この作品には『電話に関する短いフィルム』というタイトルを付けることができたかもしれない」
キェシロフスキ

第9話は第6話の裏ヴァージョンといえる。

第6話では、女性を覗きながら自慰行為をしていた少年が
やがて精神的な愛に目覚め
その愛を女に否定されたことで自殺を図る。
第9話では、セックスが愛の核にあると考える心臓外科医が
インポテンツになり、妻の浮気を知ることで
愛の存続は無理だと考え自殺を図る。

ともに自殺は未遂に終わるが
その行為は二人の男のその後の人生にとって
結果的に象徴的な意味をもつことになるだろう。

少年の場合は通過儀礼として
女からの独立を達成するための試練だった。

では、第9話では
生き延びた男にとって
自殺行為の意味はなんだったのか。

男は心臓外科医として
患者の損なわれた機能を
手術によって回復させることが仕事になっている。

しかし、自分の男性機能の喪失に対しては
なす術がない。

妻はセックスがなくても
愛を育めるといいながら
若い学生との情事によって
夫を裏切っている。

男は妻の不倫に対して
疑惑、嫉妬、惨めさといった感情を味わい
離婚を考えるが
不倫発覚後の妻からの謝罪と愛の表明によって
新たな関係づくりに希望を見出す。

この希望は
妻の不倫が継続しているという誤解によって
一気に潰え
自殺の衝動が生じる。

この時点で、男は
セックスを必要とする妻に対して
自分が無力であることを強く感じ
新たな愛の関係を構築できるという希望は
もはや抱けないと思っていただろう。

そして自殺行為に及ぶが
死にきれない。

男は病床で全身を固定され
その姿は蝶に変わる蛹を思わせはするが
妻に対する無力感と希望を失った喪失感は
どのように変容し
男の再生はどのようになるのか。
映像に描かれた男自身の文脈からは
明瞭には読み取れない。

ただひとつヒントがあるとすれば
デカローグに毎回登場する青年だろうか。

この青年はキェシロフスキが
視聴者用に仕掛けた謎で
面白半分の悪戯だろうから
あまり真剣に解釈してもしかたないが
素直に考えれば
旧約のモーゼの十戒を愛で刷新しようとした
新約のイエスということになるだろう。

このイエスが男の自殺行為の目撃者になり
身投げ後の男の様子まで確認しているから
救急車を呼んだのは彼であり
もし、男が長時間放置されていたら
おそらく死んでいたと考えられるので
男の命を救ったのも彼だということになる。

この解釈で行くと
イエスの愛でよみがえった男は
セックスなしでも愛が可能だということに
気付くことになりそうだが、
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