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「トリコロール 白の愛」

IMG_0759.jpg

ポーランド人のカロルが
フランス人の妻・ドミニクに
性的不能が理由で離縁されるが
この事実を契機にカロルは生まれ変わる。
これが大筋で、その再生のプロセスが
ドタバタ喜劇的なプロットの連続で
全体のトーンはおとぎ話の軽妙さで描かれている。

ストーリーはカロルの視点で描かれているので
ドミニクは天使に見えたり悪魔に見えたりする。
あるいは、聖女に見えたり娼婦に見えたりする。

天使としてのドミニクは
回想シーンの結婚式で
美しい花嫁として登場している。
このドミニクに対して
カロルは愛を取り戻したい。

カロルを追い払う冒頭の一連のシーンでは
ドミニクは悪魔に見えるが
そんなドミニクに対してカロルは
自分が味わった苦しみを味わわせたいという
復讐心を抱く。

この両義的な気持ちをカロルはずっともっていて
シーンによってどちらかが強くなっている。

では、カロルの生まれ変わりは
どのように行われるのか。

いちばんのポイントは
恐怖の克服にある。

ほぼ一文無しになったカロルは
トランクの狭くて暗い空間に
胎児のような恰好で収まり
飛行機の荷物扱いとしてポーランドに帰る。

このアイデアは観客に
ストーリーがリアルなものというより
おとぎ話めいたものだと告げていて
胎児の恰好はもちろん
再生のスタートを告げている。

金がないからとはいえ
トランクに入れられての移動は
普通の感覚からいうと怖いだろう。

次の恐怖の克服は
やくざの用心棒になって金を稼ぎ
さらには、やくざの裏をかくことまで行う
裏社会での活動だ。

最後の恐怖の克服は
ドミニクへの復讐を犯罪めいた
危ない橋を渡る方法で行うこと。

こういった体験を通して
カロルには怖いものがなくなる。

この恐怖の克服に伴走する男は
ミコワイというカード師だが
彼はカロルのもうひとつの面を表している。

カロルの入ったトランクを航空会社に預けるのも
カロルのポーランドにおける新規事業を助けるのも
ドミニクを罠にはめる手助けをするのも
みなミコワイであり、彼は
美容師でしかなかった不能のカロルが
恐怖を克服するごとに脱皮していく
自分の影でもある。

ミコワイはカロルに自殺のほう助を頼むが
その試みは失敗に終わる。
これは自殺かつ殺人の未遂であり
2人で1人の主人公が
死を象徴的に葬ったことを表しているのだろう。

カロルは恐怖の克服と同時に
事業の展開で経済的には豊かになり
フランス語を習得して
ドミニクと対等に話せるようになる。

その結果として、カロルは
自分の葬儀に参列しているドミニクが
もはや天使でも悪魔でもなく
聖女でも娼婦でもなく
一人の女であることが
ようやく分かるようになる。

そのときカロルは
自分の死を悲しむドミニクに
愛を見る。

図式的な解釈をすれば
ようやく「白=平等」の“平等”な目で
相手を見ることができるようになったわけだ。

このとき、カロルは復讐計画を取りやめ
ドミニクの愛を取り戻したいと願う。

しかし、計画はすでに実行に移されているので
全面撤回はできず
ドミニクは計画通り
カロル殺しの疑いで警察に拘留される。

カロルは拘置所に出向き
拘留されているドミニクを
遠くから鉄格子越しに見るが
ドミニクもカロルに気づき
二人は物理的な障壁を超えて
愛のレベルでは結ばれたことを確認し合う。

リアルなストーリーとして捉えてしまうと
ありえない設定ばかりが目立つが
愛の寓話として見ると
やさしくて切ない後味が残る。

キエシロフスキは演出で
「十二夜」や「お気に召すまま」といった
シェイクスピアの喜劇がもつ
澄んで上質な軽やかさを出そうと
狙ったのではないだろうか。
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