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時間の感じ方

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10代のときの現在という意識は
50代になったからといって
数十年の時間的な厚みを備えたわけではない。

では、死を目前にしても
現在というものの感じは
変わらないのだろうか。

橋から転落した人が
その転落のわずか数秒の間に
それまでの一生を回顧したといった話がある。

社会的な時間の計測からいえば
数秒から数分程度の短時間で
一生に匹敵する記憶を回想したという。

精神的には数十年に当たる時間の回想が
物質的な現在における第三者の時間計測では
わずか数秒のうちに実現してしまう。

これは死を悟って
生命維持のための注意というものを
すっかり解除したため
記憶が一気にあふれ出るという
精神的な現象らしい。

一般的な社会生活では
絶えず注意力を働かせて
行動の結果が自分に利益をもたらすよう
有用な記憶のみを再生している。

記憶はこのように制限されているが
橋から転落せずとも
目的意識や有用性などについての意識を解除すれば
思わぬ記憶がよみがえる。

こういったことは
気持ちの緊張が解けている旅行で起きやすい。
旅行計画をこなすために絶えず緊張していると
そうはならないが。

では、余命が1年だとして
この1年はもちろん、一般的な計測による時間で
それがどう感じられるのかは
人によってまるで違うのだろう。

個人的な実感では
目的や目標を定めて、計画的な行動を進めるときは
時間経過を早く感じる。
目的や目標はゆるく設定され、あまり計画を意識せず
なにかに没頭していると、時間経過を比較的遅く感じる。

現在についての意識は
10代でも50代でもそう変わってはいないが
時間の感受については
バリエーションが増えたと思う。

意識をコントロールする技術で
時間経過の感覚を
調整できるということだろう。

1年というのは袋のようなもので
そこにどんな時間を詰め込むかは
事前にある程度は設計できる。
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