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記憶について

italie20110910 073


意識にとっての時間は
常に現在でしかないが
記憶は過去をよみがえらせる。

よみがえらせるというのは
文字通りの意味で
過去がそのまま生きてくる。

もちろん、現在の意識が
どういう関心に領され
どういうふうに注意力を働かせているのか
その状態によって
記憶のよみがえり方は違ってくるが
未来に対する関心をできるだけなくし
注意をできるだけ
なににも向けない状態にすると
よみがえる記憶はそれだけ生き生きする。

記憶が未来に向けた行動のために使われるときは
過去の一側面だけが
いわば記号的に思い出されるので
記憶は固定した情報のように思える。

だから、記憶は写真の
アルバムのようなものだと思い込んでいたが
あるとき、過去のあるシーンを
じっくり思い出そうとすると
記憶のそのシーンが動いていて驚いた。

どの記憶もよく思い出すと
動いている。

記憶は生じた事態を
固定したものにして保管するのでなく
変化しつつある事態を
その生きたままの状態で保存している。

では、記憶としての過去はどこにあるのか?

ベルクソンは
そういう問いの立て方はまずいという。
なぜなら、記憶は
空間を占めるわけではないから。

記憶は脳の機能であり
記憶内容は脳の特定の部位にあるので
空間的にはっきり位置を指定できる
と考える人がいるかもしれない。

この点についてベルクソンは
記憶自体は物資としての脳に
貯蔵されているわけではないことを
「物質と記憶」で証明している。

脳は記憶を現在の意識にもたらすための
注意の器官であって
記憶の貯蔵庫ではない。
脳の損傷ケースで実際に
それは確かめられている。

ということは、脳が損傷しても
記憶はなくならない。

ならば、脳が消滅すると
記憶はどうなるのだろう。

わたしは死んだのだから
物質界に生きるわたしによって
思い出されることはない。

では、誰にも思い出されることのない記憶として
そのまま放置されるのだろうか。

ユングのいう「集合無意識」的なものに
なんらかの形で組み込まれるのだろうか。
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