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生きる歓び2

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どう生きるべきか。
この問いは無数の問いを孕んでいる。
答えを出そうと思っても
前提として確認すべきことが増えるばかりだ。

たとえば、そもそも生きているとは
どういうことなのか
そう問い返すことができる。
幻想だと答えることもできるし
絶対者によって創造された状態だ
と答えることもできる。

生きている世界はどのようなものか
その確認も必要だと思われる。
歴史を知り社会の成り立ちを知る
そんな必要も感じられる。

しかし、自分を全知全能の
全知状態にもっていくことなど
できるわけがない。

なぜ、人はことばをもつのか
なぜ、全体が全体として存在しているだけでなく
個が存在しているのか
自分という時間的なプロセス
あるいは宇宙という変化のプロセス全体は
なにかに対して変化しているのか
そもそも存在とはなんなのか

疑問は切りがないし
答えを得られない事に苛立てば
問いの立て方は拙劣になっていく。

謎は謎のままに残すしかない
これが落としどころだろう。

この落としどころを
足るを知る境地で平静に受け止めるか
絶望の果てとするか。

知性の愚鈍さに
感情は苛立つ。
その感情の愚劣さを
知性は憎む。

一方で生命としての自分は
本能的な欲求を満たしている。
というか、食べること、排泄することを
止めることはできない。

さらに本能は
恋愛の天国と地獄に突入する。
美に酔う。

知性は暗礁に乗り上げ
本能は勝手に欲求を満たす。
この状態が基本的な構図。
そのうえで、生活の維持が
常に大きな課題になっていて
衣食住を満たすだけの金を
稼がなければならない。

がんが判ったとき
こんなふうに自分の現状を整理していたので
余命がそう長くないという認識は
変な安堵感をもたらしてくれた。
中途半端な構図の維持が
耐え難かったので
無意識に“終わり”を希求していたのだろう。

しかし、その“終わり”から
現状を逆照射すると
それだけで構図が変化した。
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