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死後の世界についての想像

basque 255


[生の世界における事実]
歴史あるいは個人的な生活史を振り返ると、
現実の展開は、同じことの繰り返しではなく、
変化のプロセスだといえる。


[変化についての実感]
生の世界での経験はあまりにも断片的で不完全だと感じられる。

⇒この種の感じを超克するには、
足るを知り、
この世界に欠けたものなどない(完全だ)と
見なす感性を育成する必要がある。

⇒しかし、社会から離れた林間で修行をするならともかく、
人間の社会的な現実の中で生きるとき、
素朴な感性はその境地に到らないだろう。


[実感に関する知性による解釈]
① 変化は何らかの決定にしたがって機械的に起きている(決定論・運命)
② 変化は何らかの目的に向かって収斂していく(目的論・進化論)
③ 変化はあらかじめ決定されているわけではなく、定められた目的に向かっているわけでもなく、自由に基づく創造によって、時々刻々形成されている

⇒どの解釈を選ぶにしても、根拠はない。

⇒選択を促す実感といったものがあるとしても、
それは一時的な意識状態であるに過ぎない
(①受動的な感情の優位
②積極的な意志の優位
③自在な解放感)。


[実感からの物語]
生の世界はそれだけで自立しているわけではなく、
死後との関連をもち、
生で獲得されたリアリティは、
死後において十分な意味を実現する。

⇒感情面では、
生の世界の過酷さや残酷さが
死後の安息を要請するという事情がある。

⇒死後における生の意味の実現として、
輪廻や涅槃、天国と地獄などの神話が作られた。

⇒できあがった神話によれば、
生の世界は死後の世界のために
原材料を調達する場のようなもの。


[死後の世界の構成要素]
記憶は脳の働きによって現在の意識によみがえるが、
記憶そのものは脳の一部としてではなく、
脳から独立した形で存在する。
その存在は空間の特定の位置を占めることがない
(時空を超えている)。

⇒肉体が生理的機能を停止しても
(人が死んでも)、
記憶が存続する可能性がある、
生きた脳によって再生させられることはなくなるが。

⇒死後存続する記憶が
死後の世界を構成する。

⇒死後存続する記憶は、
①個人のものとして存続するのか、
②個人の肉体から離れたのだから、種の集合的な記憶に組み入れられるのか、
③生命全体の記憶の一部として組み込まれるのか、あるいは、生命全体の記憶に融合するのか。


[記憶の死後再生]
生きている人においては、
まず、現状に対するなんらかの関心があり、
その関心はその状況から有益な結果を引き出そうとする。
その目的を達成するため、
脳は過去の記憶を、
類似あるいは隣接という基準でフィルターにかけ、
有用な情報となる記憶だけを選び出す。

⇒現状に対する無関心は
脳のフィルター機能を無効にするため、
記憶はあふれ放題になる。

⇒死を覚悟した者の現状に対する無関心は
やはり記憶の横溢を生む。
これが転落死や溺死を免れた生還者における
過去の記憶の全的な展開を起こすメカニズムだと考えられる。

⇒死後の世界では、
この過去の記憶の全的な展開と同じような事態が、
なんらかの法則に基づいて起きている。

⇒死後存続する記憶が
① 個人のものとして存続する場合、生前の個人の関心が死後も持続する
② 種の集合的な記憶に組み入れられる場合、人類の意識の到達度を高めることに寄与する
③ 生命全体の記憶の一部として組み込まれるか生命全体の記憶に融合する場合、生命の狙いにしたがって再編集される?

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