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プルースト 苦痛をもたらす思い出にしがみつく

CIMG4309.jpg

祖母が重病だというとき
「私」はその事実に無関心であった。

祖母の死後
「私」はその死について
口にもし、考えもした。

しかし、かつていっしょに来たバルベックのホテルで「私」は
「祖母の埋葬から一年以上もたって―はじめて祖母が死んだことを知った」

「私」はもちろん
出来事として祖母の死を理解していた。
しかし、そのリアリティは分かっていなかった。

リアリティの体感は
祖母の埋葬から1年以上たってようやく
偶然のような、恩寵のような
記憶の再生によってもたらされた。

そのリアリティをとおして
「私」はあるエピソードを思い出す。

祖母が自分の肖像写真を「私」のために撮ってもらったとき
「愛嬌を作りながらポーズをする祖母が、ほとんど滑稽ともいえるくらいに子供っぽいのを、だまって見ていることができず、私はついふた言三言、いらだって人の心を傷つける言葉をつぶやいてしまった」

そのとき祖母は
顔を引きつらせる。

あとでひとから聞いて解ったことだが
当時、祖母の容態はすでに悪く
顔色もよくなかったので
祖母がカメラの前で「愛嬌」を作ったのは
写真に写った自分のやつれた顔で
孫に心配させないための努力だった。

「もはや私は絶対に、祖母の顔のあの引きつりを消し去ることができないだろう。」

この確認は「私」を苦しめる。

しかし、「これらの苦痛、それがどれほど苛酷なものであろうとも、私は全力をあげてそこにしがみつく。なぜなら、私は強く感じていたからだ、この苦痛こそ、祖母の思い出がもたらすものであり、私のなかでその思い出がたしかに現存している証なのだということを。」

すでに、祖母とともに生きる可能性は
永遠に失われている。
ならば思い出は堅持しておきたい
「私」はそう考えて
思い出がもたらす苦しみにしがみつく。

※引用は「失われた時を求めて 第四篇 ソドムとゴモラⅠ」鈴木道彦訳より
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