FC2ブログ

記事一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

プルースト 永遠でも長すぎない

CIMG4275.jpg

「私」は死んだ祖母を思い出し
彼女から受けた愛情がよみがえるのを感じて幸福感を味わうが
次の瞬間、祖母はもはやこの世にいないという
虚しさの実感が湧きあがり
その幸福感はくだかれる。

このとき「私」は
親しかった人の死にかんして
もっとも痛切で絶望的な想像にとらわれる。

虚しさの実感が
「私」に対する祖母の愛情を打ち消してしまい
「過去にさかのぼって私たち二人が互いにあらかじめ運命づけられていたという事実を消滅させ、……彼女を単なる見知らぬ女に変えてしまった」

二人が時間を共有して生きたという事実が
無になってしまい
関係が消滅してしまう。

この想像は相手に対する愛情が深ければそれだけ
激しい喪失感を生むだろう。

死後は無だという割り切りは
愛情を育んだ関係に対しても
通用するのだろうか。

プルーストは祖母との関係が消滅することに耐えられず
神学や哲学などは放っておいたところで天国を想像し
こんなことを書いている。

「私が神に願うのは、いつまでも永遠に祖母といっしょにいさせてくれることだった。それは私たち二人にとって、けっして長すぎる時間ではないだろうから。」

永遠すら長すぎない
そういわせるほど
いっしょにいたいという思いが
強くなっている。

こちらが強い思いをかけ
その思いに応えてくれた人がいるなら
その人との関係がなかったことになるというのは
あまりにも耐えがたい。

だから、関係を永遠に固定してしまう不滅というものを
願わずにはいられなくなる。

こういった願いが
天国というものを希求させるのだろう。
宗教に対する態度と関係なく
現代でも天国は単独で
受け入れられているように見える。

ではプルーストの場合
祖母はすでに死んでいるのだが
永遠に祖母といっしょにいたいという思いは
どうなるのだろう。
宙に浮いたままになるのだろうか。

※引用は「失われた時を求めて 第四篇 ソドムとゴモラⅠ」鈴木道彦訳より
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。